
東海道五十五宿
第四十七番目・亀山宿
亀 山 城 址
1590年秀吉時代に岡本良勝が築き、後に本田俊次によって城全体の
体裁が完成された。 別名「粉蝶城」とも呼ばれていた。
現在は多門櫓のみが残っているが三重県で唯一現存する城郭建造物として
県史跡に指定されている。
亀山神社
石井兄弟敵討碑
大久保神官邸宅門
亀山城址
亀山城は1590年岡本良勝によって築城された。
亀山は東海道の要衝であるので、江戸時代前半
には幾度も城主が交代したが1744年以降は
石川家が続いた。
明治以降、城郭の大半が破却され、現在は
天守台・多門櫓・外堀・土塁の一部を残すのみに
なってしまった。
亀山城内石坂は、1701年5月9日早朝に、
石井源蔵・半蔵の兄弟が二十八年目に
父、石井宇右ヱ門の敵、赤堀水之助を討ち取った
ところである。
本懐を遂げた石井兄弟は、旧主の青山忠重に帰参を
許されて、青山家が丹波亀山に移封になると藩主に
従って移り住み生涯を終えた。
この敵討は、元禄曽我兄弟として歌舞伎・講談・絵本・
浮世絵などに取り上げられて日本中で称賛された。