東海道五十五宿
第五十一番目・水口宿
水口城跡・水口城資料館
水口城は湧水を利用した堀に水をたたえていたことから別名「碧水城」と呼ばれていた。
明治維新後、建物や石垣の大半は処分されてしまったが、将軍家宿館遺跡として
保存整備され、角櫓を模した資料館も併設されている。
水口宿
展示品の中で珍しい火矢があった。
ロケット状の形態をした火器で、火矢筒で発射し
長距離を飛んで威嚇した。
水口藩では「星山流火矢術」が存在した。