東海道五十五宿
第五十四番目・大津宿
義 仲 寺
源頼朝軍との合戦で粟津において壮絶な最後を遂げた木曽義仲を葬っている。
一方、松尾芭蕉は度々この地を訪れ、最後に大阪で亡くなった時、生前の遺言に
よってここに葬られて義仲の墓と隣り合わせに並んでいる。
広くない境内には十九の句碑が建立されており、境内全域が国の史跡に
指定されている。
門前にある史跡碑
巴 塚 (供養塚)
木曽由中の愛妻、巴御前は義仲と共に討ち死にの覚悟でこの地、粟津野に来たが
義仲が強いての言葉に最後の戦を行い敵将、恩田八郎を討ち取り、涙ながらに
落ち延びた後、鎌倉幕府に捕らえられた。 和田義盛の妻なったが義盛戦死のあとは
尼僧となり各地を廻り当地に暫らく止まり、亡き義仲の菩提を弔っていたと言う。
その後、何処ともなく立ち去り、信州木曽で九十歳の生涯終えたと言われている。
木曽義仲の墓
松尾芭蕉の墓
100年ごとの供養塔
芭蕉は大阪の旅窓で逝去したが「骸は木曽塚に送るべし」との遺言によって遺骸を
当寺にに運び、現在地に墓を建てた。
大津宿
芭蕉・句碑
芭蕉・句碑
古池や 蛙飛び込む 水の音
旅に病んで 夢は枯野を 駆け巡る

境内には芭蕉の句碑が19基もあり探索する楽しみもある。