
中山道美濃十六宿
美濃十六宿とは落合宿・中津川宿・大井宿・大湫宿・細久手宿・御嶽宿・伏見宿・大田宿・鵜沼宿
加納宿・河渡宿・美江寺宿・赤坂宿・垂井宿・関が原宿・今須宿の十六宿を指す。
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歌川広重・浮世絵版画 |
簡単な宿場紹介 |
| 2003.02.17 |
落合宿 |
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| 2003.02.18 |
中津川宿 |
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| 2003.02.11 |
大井宿 |
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| 2003.02.18 |
大湫宿 |
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| 2003.02.19 |
細久手宿 |
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| 2003.02.27 |
御嶽宿 |
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| 2003.02.28 |
伏見宿 |
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| 2003.03.03 |
太田宿 |
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| 2003.03.03 |
鵜沼宿 |
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| 2003.03.05 |
加納宿 |
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| 2003.03.18 |
河渡宿 |
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| 2003.03.21 |
美江寺宿 |
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| 2003.03.23 |
赤坂宿 |
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| 2003.04.18 |
垂井宿 |
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| 2003.04.18 |
関ヶ原宿 |
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| 2003.04.19 |
今須宿 |
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更 新 日
宿 場 名
現在の恵那市 恵那峡で有名
枡形が六ヶ所もあるのは大井宿のみ。
案内標識が少ないので注意。
美濃十六宿の最東に位置し
一部には当時を偲ぶ雰囲気が
残っている。
中山道の宿場の中では群を抜いて
繁盛した宿場。
特に商業都市として栄えた。
山中の小さな宿場だが
姫宮の宿場として知られている。
尾州藩の宿助成で出来た
小さな宿場
中山道で最初に朱印状を得た宿場。
史跡の数は多く残っている。
太田宿と御嶽宿の中間にある
比較的新しい宿場。
中山道三大難所の一つ
太田の渡しで有名。
中山道を東から来ると最後の難所
「うとう峠」を下り平坦地に出ると
鵜沼宿になる
関ヶ原合戦後、徳川家康自らが
築城を指揮した加納城を中心とする
美濃街道でただ一箇所の城下町。
長良川の氾濫時に備えて作られた
規模の小さな宿場
加納宿から垂井宿までが
一日の道のりで宿泊の必要もなく
旅籠や商家の少ない宿場
東海道にも赤坂宿があり
中山道は美濃赤坂宿と呼ばれていた。
和宮東下の際、宿泊が決まり急遽
五十数軒が新築された。
五街道の先陣を切って荷車の使用が
許された。 いかに流通が活発で
あった証拠。
天下分け目の合戦場で有名
伊勢街道との分岐点でもあり
賑わった宿場
問屋場が七ヶ所も有ったのは
いかに流通が多かったかが
想像される。